にこごり

食べかす×食べかす=おいしい

「ポスト民主主義」時代の集団の形

これからはポスト民主主義というものが求められる時代になると考えている。

民主主義は素晴らしいものだと一般的にされている。しかし1つの決定をするために少数の意見を潰す必要があるという欠点がある。個人の意見が多様になり、その力が強まっているこの時代に適応し切れなくなってきているように見える。また、多数の無知・無関心な人の意見により、少数の有識者の意見が潰され、全体でダメな方向に進むといったことも起こっている。 これは国レベルでの話だが、会社などの集団についても同じことが言える。民主的ではないトップダウン型の集団にも当てはまる。それは、この欠点が集団という概念自体に依るものだからだ。
強まり、多様化する個人の力は、所属する集団と個人とのあいだのコンフリクトをより強めることとなる。

結論からいうと、1人の人間が1つの集団に固定的に結びつくという、今までの在り方が時代に合わなくなってきているということだ。

その観点で、これからの人間の集団の形について考えをまとめてみた。


目次

1.今までの集団の形

人間は、猿の頃から集団で行動してきた。それから文明を発達させる過程で、いくつかの原理で集団を作り上げてきた。

A.本能

猿の集団は力関係による階級構造により成り立っている。力による主従関係を本能として理解し、それにより集団が形作られている。

動物行動学者のフランス・ドゥ・ヴァールは、猿や類人猿を長年観察し、「道徳性誕生への道筋」という状態で暮らしていると述べた。
その道徳性にはまず、群れの中で争いが起きると他の個体が頃合いをみて和解や仲裁に入る行動がある。内輪揉めをしていると他の集団に滅ぼされてしまうために生まれたと思われる。また、公平性の観念も持っている。人間が猿の個体それぞれにブドウを与え、一匹だけにキュウリを与えると、不公平さに怒りを示す。これは、猿が公平性の観念を持っている証拠だ。

力関係をベースに、このような道徳の起源となったと思われる本能が加わることにより、秩序を生み、それが集団を形作っていたと考えられる。
人間に進化するまでのある程度の間はこのような形だったはずだ。

B.音楽、踊り(原始宗教)

ある時点で人間は、高度な知能を持った。 農耕が生まれるまでの人間は、主に狩猟採集を行っていた。その社会では、階層のないフラットな構造が基本だった。共同して狩りを行ったり、食料分配し合うことでリスク分散する必要があったため、そうなったと思われる。

そんな中で、高度な知能を持った人間は、それぞれが、何が自分の利益になるかを考え始めた。 そしてそれは大抵、所属する集団の利益とは異なるものだった。

それぞれの個体が自分の利益を求めた行動を取ると、集団として機能しなくなる。これを食い止めるものとして、音楽、踊りが生まれた。
集団にあわせてリズミカルで激しい運動を行うことにより、高揚感と集団への一体感を生み出した。集団の仲間と集団自体への愛情が深まり、結果、自分の利益だけではなく、仲間の利益、集団の利益を考えるようになった。また、その中でトランス状態へと行き着き、そこにある超自然的な存在に自分達が従う対象を見出し、それがまた秩序を生み出した。

C.ルールと強制力

農耕が始まると、定住が始まり、富の蓄積ができるようになった。それにより集団の規模が大きくなり、狩猟採集社会では存在しなかった階層構造が再び生まれた。
支配者は自分の支配を正当化するために、超自然的な存在を利用した。音楽や踊りによる超自然的な存在へのアクセスは禁止された。そして、その存在の周りにルールなどの体系が作られ、宗教と呼ぶものとなった。
支配、被支配の構造と、それを正当化する宗教の体系により、秩序が作られた。

その後、デカルトやニュートンなどにより、合理主義的な考え方が広まってくると、超自然的な存在が疑われ、宗教自体の根拠が薄れた。それまで、宗教をベースに作られてきた集団のルールの内、合理性の部分と道徳性の部分の分離を行い、合理性の部分を法とし、その法を根拠として権力の正当性を保つ形となった。
これにより法と権力による集団の誕生が生まれ、現在まで続いている。

このように、集団の仕組みは、文明の発展によって適合しなくなる度に新しい方法が発明され、それにより形作られてきた。

2.環境の変化とそれによる歪み

その後、哲学的、宗教的、政治的な進化を経て、ほんの数十年前、現在のような民主主義社会が生まれた。またその流れの中で、個人の様々な権利が認められるようになった。
しかし、環境の変化はさらに先に進み、以下の要因などから、民主主義を土台とした現在の仕組みが不十分なものになってきた。

  • A.インターネット
  • B.産業形態の変化
  • C.AI・ロボット

A.インターネット

民主主義的な考え方による個人の権利の拡大と呼応するかのように、インターネットは個人の情報収集力、発信力を強める作用をもたらした。今まで繋がることが出来なかった個人間で繋がることができるようになった。これにより中央による情報の統制が難しくなった。今までは共有される機会が無かった細かい情報やローカルな情報、反社会的な情報が共有されるようになり、それによりそのような情報に、深い考察や論理体系が構築されるようになってきた。
また、今まではローカルな情報の中で生活してきたものが、グローバルな情報を得られるようになったことで、見えなかった格差を自覚できるようになった。これにより、不満を持つようになった人達が、テロリズム等、現状の秩序を破壊しようとする行動に出るようになった。

B.産業形態の変化

経済の発展により、ある程度の範囲にモノが普及し尽くした。また、技術レベルや政治的な要因でいままで市場に参加出来ていなかった人達がもの作りを行えるようになった。これらにより、先進国では、モノの産業からモノ以外の産業へと中心が移ってきた。モノ以外の産業の中で大きなウェイトを占める情報産業は、製造業と異なり、金や量的な意味での人はそれほど必要としない。元々、大規模に資本を投下し、大規模なインフラ構築や大量生産をすることを目的として生まれた株式会社のような組織は、これらの産業の形態としては最適とはいえなくなってきた。むしろ、人や情報の交流を抑えたり、個の力を抑える作用が大きいこの形態はこの産業の形態には適しない形となってきた。

C.AI・ロボット

AIやロボットの技術を適用できる範囲が拡がってきている。これらが得意とする分野は、株式会社が得意とする範囲と大きく重なっている。マニュアル化された業務を大きなリソースで大規模に行うような活動や、インプットからベストなアウトプットが明確に決められるような活動がそれに当たる。これにより、現在の株式会社の活動の大部分をAIやロボットが担うようになり、決定をしたり、アイディアを生んだりする少数の人間のみがいるように形になっていくと思われる。
1つに集まって1つの決定すること、またそれを基に一斉に同じ行動をするということを前提とした集団の形と、個人が個人の判断で行動しやすくなり、またそうしないと行けなくなってきている流れの間に歪みがあり、それが、今後様々な問題を生んでいくと思われる。

3.人間の繋がりを変える技術

この、1つに集まって1つの決定を行い、それを基に一斉に行動するという集団の形態は、今までは当然のものだった。実現できるベターな形態がこれだったためだ。
しかし、最近になり人の繋がり方を多様にする技術が生まれてきている。

まずインターネットがそれだ。インターネットにより、人の繋がり方は大きく変わった。今後もこれをベースとした技術により、発展していくはずだ。

もう一つがブロックチェインだ。ブロックチェインは、ビットコインを実現する目的で発明された。
ビットコインのブロックチェインは、ある期間の資金のやりとり(トランザクション)をブロックとし、そのブロックをチェーンのように履歴として積み上げる構造となっている。取引履歴をそれぞれのマシンで保持し、お互い検証し合いながら正しいデータの状態を維持する。
ここ数年の間に生まれてきているビットコイン2.0やスマートコントラクトの用語で説明される動きは、取引履歴をもっと汎用的にすることで、ブロックチェインを様々な分野に適用できるようするというものだ。
お金やアドレスといったものをデータの一形態と捉え、資金移動をAのデータをマイナスし、Bのデータをプラスするプログラムと捉える。そうすると、ビットコインが実現した、無信頼での2者間でのやり取りが、お金の移動だけではない、汎用的用途に適用できる。それを実現したのがスマートコントラクトと呼ばれているものだ。

これにより、無信頼の2者間で、プログラムで定義されたルールベースのやり取りが可能になる。これは、今までの人間では出来なかった、新しいコミュニケーションの形態だ。
法と権力の代わりにプログラムと暗号・アルゴリズムを用いる。これにより、集団の運用を自動的に柔軟に効率的に行うことができる。
また、法と権力による集団は、人間が運用するので、人間の意向が大きく影響するが、プログラムベースの集団にはそれがない。権力闘争などの無駄なコストも生まれない。不正をしないため、チェック機関にコストをかける必要もない。

4.これからの集団の形

「生きること」を目的としていたような初期の集団は、その目的が全体で共有できるものであったため、そのデメリットが顕在化することは無かった。現代の集団の役割は、もっと細かく、全体で共有できないものだ。にも関わらず、あらかじめそこに集団があり、人間関係や地理的な要因を基に参加する形が多い。

固定的な集団に固定的に参加せざるを得ないことで、方向がバラバラな個人で構成された集団になる。その中で1つの決定をするということは、個人が意思に沿わない形で従うということだ。
また、1つの集団に固定的に所属し続けるということは、自分の利益がその集団からのみしか得られないような状態を生み、それにより、変化への抵抗や、不正がうまれる。さらには、集団を継続させること自体をその集団の目的とさせるようなバイアスを生む。

固定的という集団の在り方が歪みの原因だ。
まず、目的があり、その目的に賛成する人が集まる形で集団を作り、目的が達せられれば解散する。個人は、すべての自分の課題に対してベストな結果もたらすように、課題ごとに複数の集団に参加し、活動する。

インターネットとブロックチェインにより、人はより動的に、より疎な形の繋がりを持つことができるようになった。個人の目的をマッチングし、会ったことの無い人同士でルールを構築し、目的が達せられれば解散する。そのようなソリューションは技術的に可能だ。
昨年話題になったTheDAOなど、実際にそれに近いものも生まれてきている。

今後、自分のアイディアも含め、もっと深い内容を書いていこうと思う。